There She Goes

小説(?)

Wonderwall / There She Goes #54

(What's The Story) Morning Glory? (Remastered)

(What's The Story) Morning Glory? (Remastered)

 

結論から言えば、彼はフラれた。彼女は七年越しにつき合っているボーイフレンドを選んだのだ。

彼女は彼にとって、なんだったのだろう。あるいは彼女にとって彼はなんだったのだろう。この感情をどう整理したら良いものか、彼は思いつかない。喪失感? 多分ざっくり言ってしまえばそういうことになるのだろう。ただ、失ったものが大きいだけ得られたものもあるように思われる。

彼女はいつも、彼にこう訴えていたのではなかっただろうか。己自身を誇れ、恥じるな、と。マイ・ウェイを生きる武闘派の彼女、どんな場所でも良い意味で TPO を無視して自己主張を続けて来ていた彼女は、決して嘘をつくのが巧い人間ではなかったはずだ。だから彼女は率直に言ったのだ。自分をボロクソに言うな、と。

ケン・ローチの『わたしはダニエル・ブレイク』という映画を思い出す。"Be Yourself"。英語の聞き取りが致命的に下手な彼は、しかしこのフレーズは鮮明に思い出すことが出来る。あの映画も世渡りが下手な人間が、闘志を剥き出しにして生きる映画だった。己自身を失って/譲ってしまっては終わりだ。それは彼にとって大きかった。

だから、彼は大事なものを得たと言えるのだった。己自身のプライドを取り戻すこと。自尊心をタフに保ち続けること。断酒会で彼は何度も言われた。「自信と誇りを以て生きろ」と。その言葉が彼には今妙に身に沁みる。こんな風に生まれて、他にどうしようもない。醜い、規格外な存在。そんなはみ出し者としての自分を、しかし自分自身まで否定してしまっては終わりだ、ということだ。自分自身が自分を必要としないで、誰が彼を必要とするのだろう。だから、彼は自分自身を捨てないようにしたい。ここで酒に逃げたりしては終わりだ、と。

彼女は彼氏とどのような生活を過ごすのだろう。鳥籠の中に閉じ込めておくには惜しい鳥も居る……そんなフレーズを思い出す(『ショーシャンクの空に』だ)。彼氏と一緒に彼女がその可能性を伸び伸びと活かしてワイルドに生きるのだとしたら、そして幸福になるのだとしたら、良いことではないか。彼にも新たなチャンスが訪れないとも限らない。それまでの喪失感は、映画を観ることによってなんとかしようではないか。『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』でも見直そうかと思っているところだ。決して損はしないだろう。

今日は英会話教室に行った。彼は早速、己自身を恥じずに誇りを以て質問をした。自分の意見(オピニオン、と言った方が良いかもしれない)を語った。堂々と胸を張って……それが空元気であるとしても、ハッタリでしかないとしても彼は己を誇ったわけだ。良くやったと言えるのではないかと思う。明日は断酒会だ。この苦しい胸の内を明かしてしまおうと思う。それでスッキリするはずだ。その後のことはその後考えれば良い。己自身を恥じるな、堂々と生きろ……己に向かって彼は語り掛ける。いつかこの痛みが癒えるまで。

彼女とは、永遠に別れたわけではない。永訣というわけではない。彼女とやる企画は残っているし、会えるチャンスもある。良き友達として交際出来れば、と思っている。いつか堂々と空威張りを身につけられるようになった彼自身を彼女に見せたい。それこそが最大の返礼ではないだろうか。そう思い、英語でブログを始めたりしているところだ。英語の方がクリアに自己主張が出来るのではないか、という知人の言葉を参考にしてのことなのだけれど、果たして間違いだらけの英語が何処まで通用するものか如何ともし難い。

ともあれ、大事な学びを得たわけだ。オアシスの曲を思い出す。I'm free to be whatever I...自分自身はなんにでもなれる。オアシスの曲は歌詞が陳腐/バナールだったので好きになれなかったのだけれど、今聴くとギャラガー兄弟がやはり己自身を無骨に晒して生きて来ただけあって、その歌詞の生々しさに唸らされてしまう。スマートに、己自身を傷つけないようにして保身だけを保って生きて来た彼は、ギャラガー兄弟から学ぶ必要があるようだ。こうして人生は続いていくのだ。未来に生きなくてはならない。前向きに、胸を張って!

今、この感情をすぐに整理出来るわけではない。むしろ痛みは否応なしに増すばかりだ。それを一気に解消するなんて虫の良いことを考えないで、今は痛みに浸り続けるのが得策と言えるのかもしれない。カフカを読み返そうか……なんにせよ、人生はこれからだ。胸を張って、堂々と。彼の人生は今始まったとも言えるのだ。「馬鹿野郎、まだ始まっちゃいねえよ!」、これは北野武キッズ・リターン』の言葉だ。やけっぱちの希望、絶望にとっ捕まるすんでのところでタフに生き延びられた不良少年たちの空元気のこの台詞が、妙に沁みる……。