There She Goes

小説(?)

ダンデライオン / Take On Me #6

COMPLETE SINGLE COLLECTION「SINGLES」

COMPLETE SINGLE COLLECTION「SINGLES」

 

子どものころ、しばしば、そしてひどく、倦怠を感じていた。それは非常に早い時期にはっきりとはじまり、生涯をつうじて間欠的につづき(仕事と友人たちのおかげでだんだんと少なくなったことは事実だが)、いつも外から見てわかってしまうのだった。突然に襲ってくる倦怠であり、苦悩にまでなってしまうのだ。シンポジウム、講演、知らない人とすごす夕べ、集団での遊びなど、倦怠が〈外から見えてしまうかもしれない〉場所のどこででも感じてしまう。ということは、倦怠はわたしのヒステリーなのだろうか。(『ロラン・バルト自身によるロラン・バルト』p.28)

ただ、心地よいこと、気持ちいいことに忠実に生きている。それだけのことだ。君は……本を読むのも、それが気持ちいいと思うから。そうするのが自然だから。甘いものに惹かれてそれを舐めたくなるように、芳しい花の香りを感じたくなるように、温かい陽の光を浴びたくなるように、ずっと君はそればかり繰り返してきた。苦悩を感じた時はドストエフスキーを読んだし、あるいはそれ以上に汗ばむ手でカミュの『異邦人』や『ペスト』を読んだ。あるいは、リルケ『マルテの手記』を20回は読み通した etc...

ふと放った吐息がコーヒーの香りと、粘つくような口臭を匂わせた。君は、口が臭いと言って笑われた過去を思い出す。子どもの頃の話……子どもたちは残酷だ。子どものころから、君は疲れていたように思う。どこへいっても違和感だらけ。学校ではそうやって口が臭いとか太っているとか、鼻の穴が大きいとかいってはいじめられた。変だと……家では母親がしきりに話しかけてくるのでひとりにしておいて欲しくて、自室で佐野元春ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』ばかり聴いていた。どこにも、居場所なんてなかった……。

そして、45歳になった君はRhyeの甘美なソウル・ミュージックに触れながらロラン・バルトを読んでいる。これも、君にとっては心地よいことを探した結果。そこに意味なんてなくてもいいじゃないか、と思う。この心地よさこそが全てだ。酒に溺れたのも、君にとってそれが心地よかったから。酒を止めたのも、それが君にとって心地よいから。それだけのこと。寒くなればコートを着たくなるのと同じくらい、当たり前のことなのだ。コロナウイルスの騒ぎさえなければ、花見に出かけるのだけれど……。

倦怠が、無意味に過ぎていく日々が、宮台真司が言う「終わりなき日常」が……それが偉大な芸術作品に繋がるという事実を、例えば君はフェルナンド・ペソア『不安の書』を読んで知っているはず。彼は戦争や恋愛をモチーフにしたりしなかった。日常を生きる不安や戸惑いをこそ一冊の本にまとめたのだった。君も、小説家になりたいと思って頑張った。恋愛小説を書こうとした。恋愛なんてしたこともないくせに……なぜ、恋愛について書こうとしたのだろう? 世間に流通している小説に似せようと、君は虚しい努力を重ねた……。

そして、君はようやく分かったのだと思う。君は、ありのままの君を書けばいいのだと。ありのままの君……それは、恋もできないしいつも自分は他人に(取り分け女性に)嫌われているのではないかと不安に怯えている、なのに女性から好かれて当惑してしまう君の揺れ動く心理とそれが生み出す日常について書くことを意味する。「まるで僕達はタンポポの胞子 戯れてるだけ空の下で」(ブランキー・ジェット・シティダンデライオン」)……それが心地よいから、そうすることしかできないから。それが君の小説なのだ。そう思って君は書く。

「われわれの偉大で光栄ある傑作とは、ふさわしく生きることである」とモンテーニュが書いているのを思い出す。「ふさわしく生きる」……口が臭い、太っている、鼻の穴が大きい……君は、まだまだ君にまつわる劣等感を挙げることができる。貧乏、背が低い、足が短い、運動ができない、車を運転できない、極度の近視だからメガネをかけている、等など……そんな自分自身、笑われるより他はない自分自身を引っさげたまま、君は生きる。『グレイテスト・ショーマン』のフリークスたちが自分自身を陽の光の下に自分たちを晒したように、君は生きる!

今日は君はオフ。ロラン・バルト『喪の日記』を借りようか。スタンダールバルザックといった、まだ読んだことがない作家の本を読むのも悪くないだろう。いや、ここはシブく岩波文庫青背で決めたい。レーヴィットに挑んでみようか。ネルヴァルを読むのもいいだろう。いや、フローベールプルーストを読むのもいい。ジュリアン・グラックにしようか……誰も追いつけない欲望。君の中で膨れ上がり、広がり続ける活字や音楽、さらなる快感を求める欲望。その欲望のために生きてきた。そんな45年間だった。欲望が、君をドライヴさせる。そして、一日が過ぎていく。

人生、計画性なんてない。ただ、この一日の積み重ね。ここまで来たのだって奇蹟みたいなものなのだから!