There She Goes

小説(?)

心に棘を持つ少年 / Take On Me #3

Parklife

Parklife

  • アーティスト:Blur
  • 発売日: 2000/09/20
  • メディア: CD
 

私たちは、おのれの官能とそれを信ずることに固執し――そしてこの官能を最後まで思索しぬきたいと思う! これまでの哲学の反官能性は人間のおかした最大の不合理にほかならない。(ニーチェ『権力への意志 下巻』p.520)

ニーチェの『権力への意志』を読み終えた君は、パラパラと読み返してこの箇所に目を留める。「おのれの官能」……肉体のことだろうか。この肉体が、誰かを欲するという欲望。それを捨ててしまったことが「人間のおかした最大の不合理」であり、この肉体に戻って考えを深めるということ。ニーチェは肉体の有利さにも言及していた哲学者なのだった。が……。

難しく考える必要はない。君は、自分の肉体的欲望のことを考える。性の目覚め……あれはいつのことだっただろうか。初めて女の子とそっと手を繋ぎたいとか、キスをしたいとか思ったのはいつだっただろう? 覚えていない。思い出せないけれど、それはきっと記憶を抑圧したからだろうか。

君はずっと女の子から嫌われて育ってきた。どうしてなのか、君にはわからない。だけれども、君は(もちろん、男の子からも好かれて育ったわけではないのだけれど)女の子から毛虫でも見るような眼で見られ、そんな扱いをされた。だから、君は諦めた。女の子と親しく話すことを。つき合う? とんでもない。どうやって?

だから、君は「官能」を押し殺して生きてきたわけだ。もう一生、エッチなことなんてできない。いや、この言葉は失礼であるだろう。女の子とエッチなことを目的につき合うなんて、不純過ぎる。相手の人格を尊重してつき合うのが筋というものだ。だけれども、君の内側から湧き上がる性欲はどうしたらいいのだろう? 誰も教えてくれない。誰に聞いたらよかったのだろう?

エッチなことを考えて……君が初めて自分の性欲の処理を覚えたのは中学生の頃のことだった。それまで、君は夢精をしたり女性に対して沸き起こってしまう性欲を位置づけられなかったりして、大変な日々を過ごしたことを覚えている。なぜ自分の股間にある性器はいうことを聞いてくれないのだろう? なぜこのペニスは自分の意志に反して勃起するのだろう? etc...

性欲の方が、君にとっては初恋の記憶よりも先に来たのかもしれない。だからなのか、君は性欲をぶつけることと恋のことを分けることができなかった。恋なんて、結局性欲の一形態でしかないのではないか、と思ったのだ。Confusion Is Sex...

いや、ひとり初恋だったのかもしれないという女の子のことを覚えている。その子とは結局なにもなかったのだけれど、とても賢い子で運動もできて……君とは大違いだった。君はその子のことを好きだった、のだろうか? でも、それを恋だと教えてくれる人、導いてくれる人がいなかった。言うなれば「キャッチャー・イン・ザ・ライ」みたいな人がいなかったわけだ。それが、君を苦しくさせた。

君は早熟な男の子だったのかもしれない。だから、大人びた感情と子どもじみた肉体の欲望の前にずっと引き裂かれていたのかもしれなかった。女の子は大事にしないといけないという気持ちと、女の子からは受け容れられたい/認められたいという気持ち。このふたつの前で君はずっとつまずいてしまっていた。無条件の愛情を女の子から得たいという気持ちはしかし、浅はかではないだろうか。女の子はママではないのだから。

大事な女の子。いたわってあげなくてはいけない女の子。だけれども、こちらが譲歩すればするほど、その女の子からは忌み嫌われるという末路にたどり着く。やれやれ、君の異性に対する価値観が歪んでしまっても無理はないというものだ。自分を忌み嫌う存在に奉仕する……最高にマゾヒスティックな図式ではないだろうか?

 

彼女のことをふと考える。彼女もまた、君にとってはこの結論を敷衍すれば「女王様」みたいな人だ。エッチの話ではない。君は、彼女に決めてもらいたいと思っている。大体のことを。これから君と彼女がどうなるのか、彼女が君を選ぶのか否かということが――。

君から主導権を握ろうとしたことはあっただろうか? 君はずっと、人生に関しても主導権を握ったことはなかったのかもしれなかった。大学は早稲田大学第一文学部というところに入ったけれど、これは本当になんとなく記念受験のつもりで受けたものが受かったから行っただけだ。今の会社に入ったのも成り行き。だから、主導権を握ったことなんて一度もない。

なにもかも成り行き……内田樹の『そのうちなんとかなるだろう』という本を読み、そういう流される生き方も悪くないと思うようになった。君と彼女がどうなるのか、君には分からない。そういう時はニーチェに戻ろう。ニーチェは相変わらず女性のことをボロクソに言うが、それはまあご愛嬌と割り切って――Always should be someone you really love... 今日も仕事だ!