There She Goes

小説(?)

令和元年の夏休み / There She Goes #51

ミシェル・レリスの『ゲームの規則』という、全四巻から成る本を彼は読んでいる。今第二巻に差し掛かったところ。マルセル・プルースト失われた時を求めて』に比肩する作品と言われているが、そこまでのものなのかどうか判断がつかない。ともあれ読み終えなければなにも語ることは出来まい。ひたすら読む。そう言えば、『失われた時を求めて』も読書が頓挫してしまったのだった。光文社古典新訳文庫岩波文庫で第一巻から読み直そうかと思っている。まあ、読書なんてただの気散じ……楽しめればそれで良いのだ。 

ボイジャー

ボイジャー

 

Momus というシンガー・ソングライターの『Voyager』というアルバムを聴いている。そこで、ふと「Summer Holiday 1999」という曲の歌詞に気になるところがあるので、それについて書いてみようと彼は考える。それはこういう一節だ。「Is there any reason not to die / If this love I feel must always be denyed?」。戯れに訳すと「死なずにいる理由なんてあるのだろうか/ぼくが感じているこの恋が否定されなければならないとしたら」……だめだ、やはりカタ過ぎる。彼はつくづく翻訳家としての才能がないことを痛感する。

この曲は同性愛を歌ったもので、金子修介の『1999年の夏休み』という映画にインスパイアされたものらしい。同性愛がまだ禁断の恋だった時代。LGBTQなんて言葉がまだなかった時代の映画が放映されていた時代。インターネットなんてまだ一般的ではなかった時代の曲だ。今ではボーイズラブは珍しくもなんともない。だが、この「恋」をめぐる曲の歌詞が今の彼には妙に愛おしく感じられるのはどうしてなのだろうか。それは取りも直さず彼もまた、「感じているこの恋が否定されなければならないとしたら」と考えているからに他ならない。

彼女に対する彼の「恋」……彼女がどうしてもこちらを向いてくれないことに対する彼の苦しみ。だが、彼女は傍に来てくれる。月イチで開催されている発達障害者をめぐる集いで、彼が提案した企画に彼女がジョイントすることになった。彼女とまたトラブルを交えながら、一緒にワイワイと企画進行を担当することになるのだろう。それで溝は縮むのだろうか。分からない……彼女の端正な言葉遣いと思考は AI 的であり(俗に言うリケジョ、というやつだ)、彼が早稲田で学んだ英文学は全く歯が立たないのだから……。

死なずにいる理由はあるのだろうか……彼は一度自死を試みた。だが、戻って来た。そして彼女と出会った。彼女と出会ったならば、彼女のために生きることこそ意味のある人生というものになるだろう。彼女の前でブザマな姿は晒したくない。ただ、彼女にもし決定的に嫌われ、ブロック/絶交されてしまったとしたら? いや、それは……その時考えれば良いことだ。考え過ぎるのが彼の悪い癖だ……。なにはともあれ、彼は断酒してポジティヴに人生を捉えることに成功していると思う。彼女に告った時、「自分のことをボロクソに言わない方が良い」と言われたことを思い出し、胸を張る。虚勢だが。

彼女は今なにをしているのだろうか。彼女が名乗りを上げた英語学習の企画に、彼もまた参加すべきだろうか。彼は今、毎週火曜日夜に行われている英会話教室に通っている。そこで、英語を披瀝している。ジャパニーズ・イングリッシュだ。「I have a pen, I have an apple」。そんな次元のシンプルなもの。だけれども、評判は良いようだ。早稲田で英文学を学んだその腕(?)は、さほど錆びていないのかもしれない。語学はなんであれ習うより慣れろ。これからも英語学習を続けていきたいと思う。そう言えば WhatsApp で中国の女性と英語で語らったこともあったのだった。その時は、彼女の英語はアメリカンではなかったので、全然聞き取れなくて苦労したものだが……。

そんなこんなで、令和元年の夏休みとでも名づけるべき……にはまだ早いが、ともあれそんな季節が訪れようとしている。距離は徐々に縮めるべきものなのだろう。彼は感情に任せて暴走する癖があるので、自制を覚えないといけない。それは彼女からも指摘されたことだ。ここはオン、ここはオフとスイッチを切り替えないといけない。そのせいで彼女を辟易させたことも何度となくある(と、少なくとも彼は思っている。彼女はもっと辟易したか、あるいはさほど傷ついてないか?)。それは反省しないといけないことだ。

夜も更けた。ミシェル・レリスの読書が終わればまた、マルセル・プルーストの長大な戯言につき合うことになるだろう……読書など、再び書くが気散じである。なにをどう読もうが勝手ではないか。死を意識して古井由吉を手に取り、生を実感したくてプルースト……それの何処がいけないのだ?