There She Goes

小説(?)

Well every day my confusion grows / There She Goes #20

ブラザーフッド【コレクターズ・エディション】
 

今日は彼は午前中、これから引っ越しする予定の家屋を掃除するのを手伝った。帰宅後やることもないので、酒に逃げるわけにも行かないので South というバンドがカヴァーしているニュー・オーダーの「Bizarre Love Triangle」を延々と聴き続けた……「Every time I think of you / I feel shot right through with a bolt of blue」……「君のことを思うだけで電流を撃たれたような気分になるんだ」? 相変わらず拙い英語の翻訳しか出来ないことを歯痒く思う……ニコ動で見事に翻訳されていたこの曲の字幕を眺めたりしながら溜め息をついた。この曲しか今日は聴く気になれなかった。

月が綺麗だったから告白した……そんなニュースが流れて来た。思うところは色々ある。綺麗な月を見上げたら Instagram で拡散したいとか考える彼は無粋なのだろう、と。そして彼女のことを考えた。彼女は彼にとっては月ではなかった。直視するのが眩しい、太陽のように輝く女性……彼女自身が彼女の魅力――と彼は思うのだが――を持て余して、自分自身でなくなってしまいたいと考えているとしても彼には彼女が必要なのだ。彼女の言葉が、彼女の存在が……触れるものなら触ってしまいたいとさえ思うのだけれど……火傷するのだろうか? なにしろ太陽だから……。

混乱する日々の中、ふと二階堂奥歯の日記を読み直したくなってしまった。そして読んだ(彼は活字が頭に入って来るようになって来たのを感じる)。「選択の余地も与えられず強いられた暴力に対して出来ることは、自分が楽しんでいると思い込むか、それとも自分は人間ではなく使用されるための物体であるという事実を受け入れるかのどちらかなのである」……これはまさに今の彼のために宛てられて書かれた言葉のようにも感じられた。「選択の余地も与えられず強いられた暴力」……それが例えば「恋」や「愛」であったとしても、それは「暴力」なのではないか?

そこで考えを中断して山本太郎編『ポケット日本の名詩』を読み終える。久々に読書が片づいた。いつもならこの詩集を読み終えた感想を書くところなのだけれど、書く気になれない。だから相変わらずニュー・オーダーを聴き続けた。巷は下らないニュースで溢れている。それで日夏耿之介の訳したエドガー・アラン・ポーの詩を読もうかなと思ったのだけれど脳がバテてしまったようなので、それ以上読書が捗らなかった。豪華絢爛な言葉で綴られているポーの詩集を、明日の彼なら読めるのだろうか? それは彼にも分からない……。

「I do admit to myself / That if I hurt someone else / Then I'll never see just what we're meant to be」……「僕は認める。誰かを傷つけてしまったら僕らがそうなるのが運命だなんて理解しないだろう」……これも誤訳だろうか。切ない South の音楽を彼は延々と聴く。彼自身彼女を傷つけたくなんてない。だけれど、異性関係において極めて鈍感な彼にどんな触れ方が出来るというのだろうか。抱きしめれば握り潰してしまうような、彼女はそんな存在のような気がしている。だけれども彼女を失ったら彼は彼では居られないのだろう。

彼自身どうしようもない感情の中で混乱している。「Well every day my confusion grows」……彼女のことを結びつけて考えてしまう。彼女に彼が出来ることと言ったら言葉を捧げることしかないのだった。直接伝えられるわけではないので家族にメッセージで LINE で伝えるのだった。佐野元春の「そこにいてくれてありがとう」というフレーズ、そして彼がこよなく愛するフィッシュマンズの「君が一番疲れた顔が見たい/誰にも会いたくない顔のそばにいたい」というフレーズ……そんな教養しか持ち合わせていないことを彼は悔やむ。

誰だって個別の出来事を体験しているのだった。発達障害者はひとりひとり症状の現れ方が違う。それを一緒くたにして「発達障害」(どうでも良いが、彼は「障碍」「障がい」という言い換えを嫌う。そこにどんな意味がある?)と押し込めてしまうことは、生きやすさを感じさせるだろう。マニュアル的なものがあり、それに沿ってプランを立てて生きて行けば良いのだから。だが、彼がぶつかる困難/障害は結局彼が自分で解決すべきものなのだ。誰も彼の人生を生きることは出来ない。自分で切り開かなくてはならない。

チャック・パラニュークの言葉は引用しただろうか? 「人生のある一点を過ぎて、ルールに従うのではなく、自分でルールを作れるようになった時、そしてまた、他の期待に応えるのではなく、自分がどうなりたいか決めるようになれば、すごく楽しくなるはずです」……彼がどうなりたいのか彼には分からない。だけれども、と思う。この気持ちに正直に生きるしかないのだ。彼は嘘をつくのが極めて下手だ。そのせいで何度も騒動を起こして来たし、これからもそうだろう。やれやれ、と彼は思い結局最後まで自分に嘘をつけなかった二階堂奥歯のことを考える。

彼は今日は疲れているようだ。彼は自分がポーカーフェイスであることを密かに苦しく思っている。「喜怒哀楽」の「喜」と「楽」がないように見える……それは苦役のような人生を潜り抜けてズタズタになりながら自分を守って来るしかなかった彼なりの処世術なのだ。だから彼は苦痛を快楽と感じる/変換するマゾヒストになってしまった……彼はチャHでしばしばSの傾向のある女性とMとなってプレイに興じる。こんなことも書くべきだろうか? これ以上のことは明日考えよう。もうこれ以上書くのも限界なのだ……。