There She Goes

小説(?)

ポリリズム / There She Goes #47

Perfume Global Compilation LOVE THE WORLD

Perfume Global Compilation LOVE THE WORLD

 

……そして、また戯れにロラン・バルトを引いてみる。『恋愛のディスクール・断章』から……。

あの人の身体はふたつに分かれていた。一方は肉体そのもの――その肌、その眼――であり、やさしく暖かかった。そしてもう一方は、きっぱりとして抑制のきいた、ともすれば極度のよそよそしさを感じさせるその声、肉体が与えるものを与えようとしないその声であった。

待ち望んでいた彼女から来た LINE の通知。だが、彼はそれでうっかり転んだりすることはない。彼女が彼に対して求めているものが恋などではなく、勉強の素材に過ぎないことが分かっているからだ。だったらそれで良い。彼は喜んでその犠牲になろう。そう思い彼女に返事を返した。

歯切れの良い声、サクサクと全てを分解して行くその言葉……そういったものに彼は惹かれ、そして特別な感情を抱いたのだった。バルトを参照すれば、あるいはハイポジの曲名を借りれば「君の声は僕の音楽」というフレーズが似つかわしい、その魅力的な声に惹かれた……。

彼は自分のことをアセクシャルではないかと思っていた時期があった。欲望は抱く。もっと具体的に言えば性欲は抱く。しかし、生身の女性にはピンと来ないのだった。誰も思慕の対象にはならない……それが違ったのが一番最初の女性だった。東京まで行ったことを思い出す。この話は何度もした。だからもう繰り返すまい。二度目の女性の話ももうするまい。

衝動で動く彼は間違いなく発達障害の中でも取り分け ADHD を病んでいるはずだ。買い物、過食、飲酒……散々苦しめられたことを思い出す。今はハマっているものと言えば読書くらいで、これは別に依存症とかそういう話でもないらしいので良いのかなと思っている。ストレスの解消のために図書館で本を借りて、読みまくる……。

彼女と接していて思うのは、そういう彼女自身の「スキ」とでも呼ぶべきものが見当たらないことだ。だから会って話をした時はさながらひと回り歳下の彼女をカウンセラーに見立ててカウンセリングをしているような話になってしまった。彼女からなにも引き出せないので彼が悩みを語った、というように……なんだか情けない話だけれど。

ここで書くこともなくなってしまう。金井美恵子堀江敏幸松浦寿輝沢木耕太郎舞城王太郎阿部和重……本に包まれている時間が至福の時間で、あとは映画を観たりぶっ飛んだ音楽を聴いたりしている時にこそ喜びを感じる。安上がりな生活、気楽な暮らし……その趣味を仕事に持ち込めないかと思っているところなのだった。叱られるかもしれないのだけれど。

十年前。発達障害と診断されて、そこから先どうして良いのか分からなくて途方に暮れた時期……酒に溺れて自殺未遂までした時期から比べると世の中大きく変わった。今は支援の手が到るところから差し伸べられている。彼自身も変わったのかもしれなかった。断酒したことが大きいと思う。前にも書いただろうか?

断酒して二年くらいした頃に、断酒会で色々な方の話を聞いたのだった。壮絶な体験談があった。お酒で仕事を失った、家庭を失った、社会的信頼を失った、財産を失った、そして健康を失った……最も壮絶な方は、脳に障害が残った方だった。だからお酒が抜けてもまともに喋れなくなった。そんな方が断酒してどう立ち直りを掛けて努力しているか語っておられた。呂律が回ってなかったからなにを語っているのかさっぱり分からなかったけれど、言葉を超えてビンビン伝わるものがあった……同じ空の下にそういう人が居るのだ。

人生腹括ったら立て直せる。逆に言えば立て直すためには何処かで腹を括らないといけない。彼も障害者扱いされて嬉しいわけがない。全然嬉しくない。それを嘆き続けて生きるも一生だ。でも、それでもなお前のめりに生きるも一生だ。彼は腹を括ろうと思ったのだった。

そして、二年くらいした頃に彼はふと思ったのだった。人生にこう生きなければならないというルールはない。いや、法律を破ってはいけないというルールはある。だが、変人扱いされようと他人に迷惑さえ掛けなければ自分の好きなように人生を Design しても良いのだ、と思ったのだ。

過去の自分の価値観から言えば、彼は結局は長時間雇用と言っても非正規雇用のフリーターに違いない。だけれど、それで良いとも思っている。暮らしていけるだけのカネがあればそれで良いじゃないか、と。カネよりも、仕事の中で自分をどんどん自己主張して行ければ良いじゃないかと思っているのだった。

腹を括り、そして今日も彼は須賀敦子を読むのだった。なんという幸せな生活だろう。