There She Goes

小説(?)

ノルウェイの森 / There She Goes #44

今週のお題「自己紹介」 

ボイジャー

ボイジャー

 

彼のことをどう紹介したら良いものだろう? 差し当たってこの文章を書く人間は自己紹介をするにあたって彼のことを書くしかないわけだが、彼がどういう人間なのか何処から切り崩していけば良いのか分からないでいる。そもそも彼を語るにあたって特筆すべきどんなことがあるというのだろうか。

差し当たって書けることと言えば、彼は本を好んで読む。だが彼は読書家ではない。勉強家というわけではなく、ただその時その時に読める本を読んでいるだけなので読めていない本は山ほどある。今読んでいるのはマルセル・プルースト失われた時を求めて』で、この本を読みながらW・G・ゼーバルトアウステルリッツ』を読み直したくさせられてしまう。幼年期に浸りたくなったということなのだろうか。彼は音楽を好んで聴き、そして映画を観る。その合間に仕事をしてそして食事を摂る。彼の行っていることと言えばそれだけだ。  

アウステルリッツ

アウステルリッツ

 

発達障害者と診断されて十年になる。長い年月だった。辛い人生だった。三度オーヴァードーズを行い、一度は死の淵まで行った。どん底を見たと思った。風呂にも入らず、酒浸りの日々……そんな日々から遠く離れたところに彼は居る。今の仕事の中で自分を解放することを目指して、彼は彼なりに働いている。

厳密な言い方をすれば、とある異性に対して彼は特別な感情を抱いている。それが「恋」なのかどうなのか、そんな感情を抱くようになってから一年が過ぎようとしている今となってみても分からない。それはただの好奇心や下心に過ぎなかったのかもしれない、と今になってみれば思う。スティーヴ・エリクソンの小説の登場人物の抱くような、あまりにも稚拙で幼稚な恋心……彼女を知るようになってから、彼女に対する幻想は薄れたように思う。だが、彼の中で彼女をもっと知りたいと思う気持ちは揺るがない。これは一体どういうことなのか、彼にも分からない。

このブログで彼が――いや、厳密には彼ではなく私なのだけれどここでは取り敢えず「彼」と呼ばせて欲しい――綴っていることはそんな彼の拙い感情の揺れ動きだ。そんなものにどんなニーズがあるというのか彼にも分からない。もっと有用な情報を得たい人はここから先は読まなくても良い。彼が提供出来ることと言えば自分語りだけだ。例えばW・G・ゼーバルトを読んだり、ライナー・マリア・リルケを読み返したりして楽しんだというようなこと……彼のこと。差し当たって彼が差し出せるのは廣瀬純の言葉を借りれば彼の中で消化された「クソ」としての文章だけだ。

何故本を読むのかと訊かれれば答えづらい。幼い頃から読書家だったわけではない。彼が初めて夢中になって読んだのは中学生の頃スティーヴン・キングスタンド・バイ・ミー』で、その後村上春樹ノルウェイの森』を高校生の頃に読み耽った。二十回は読み通したのではないかと思う。そして当時読める作品は手当たり次第に読みまくった。今となっては何処が良かったのか分からないが、村上春樹を読んだ経験は今の彼の文章にも活きているのではないかと思う。もっとも、今では『騎士団長殺し』さえ読まないのだけれど……。

話を戻せば彼にとって本は単にヒマ潰しの対象として、つまりなにを語り掛けても親しく聞いてくれた友としていつでも居てくれたということなので、本に淫してしまうのだった。淫してしまう……読み方を変えれば本を読むということは彼にとって「淫」らなことでもある。そこではあられもない欲望が肯定される。どんな暴力的な欲望もどんな稚拙な願望も……全てが本の中では肯定される。だから本を読み耽ってしまうのだろうと思う。今まで読んだ本の冊数を彼は数えていない。数に意味なんてない。読書量を誇る読書を彼はあまり好まない。

マルセル・プルースト失われた時を求めて』の研究書である芳川泰久『謎とき「失われた時を求めて」』を読み終え、また『失われた時を求めて』の読書に浸りたくなってページを繰る。長い中断を挟んだからスジなんて覚えていない。だが、プルーストの筆致は読ませるものがある。多分何処から読んでも良いような本なのだろう。『失われた時を求めて』を読むのは究極の時間の無駄遣いなのではないかとも思う。それで一文の得もしない。教養が身につくというわけでもない。ただ、楽しい。それだけで充分ではないだろうか?

明日が来ればW・G・ゼーバルトを読みに図書館に行こうかなと彼は考えている。彼の本を巡る旅に終わりはない。結局のところ人生はその日その日をどう生きたか、それだけではないだろうか? 金井美恵子の小説でも語られていたではないか。「なりゆき」に任せて……老後のこととか特に考えず、今出来ることを、今行える最高のパフォーマンスをやるだけ……それで全てではないだろうか。そう考え、今日も彼はマッシヴ・アタックを BGM に「花咲く乙女たちのかげに」を読み耽り、仕事をこなしたのだった。明日のために……。